調理場という戦場

調理場という戦場―「コート・ドール」斉須政雄の仕事論 (幻冬舎文庫)

調理場という戦場―「コート・ドール」斉須政雄の仕事論 (幻冬舎文庫)

幻冬舎というのは私が嫌いな出版社だ。それなのにこの本を買った*1のは,斉須政雄という著者名にどこかひっかかったからだ。
読み終えて思い出した。これは立花隆の「青春漂流*2」に取り上げられていた一人だったのだ。「青春漂流」は読み捨てることが多い立花隆著作中で唯一カバーをつけて保存している一冊だ。何章かは学活や道徳の時間などを利用して読んだ。この斉須政雄の章は特に思い出がある。
その時,中卒で調理師への道を歩き始めるかどうか悩んでいる生徒がいた。勉強は苦手だし,やる気も無い。そして調理師というやりたい道も決まっている。それなら理屈の上では悩む必要は無いはずだ。調理師の修業を始めるのに早いに超したことはないだろう。ところが,人間というものは社会的な生物だから周囲の目,実態の定かでない風評というものが気になる。「あいつは高校に入るアタマもないから就職したんだ」と思われるかもしれないというリスクが当人にとっては大きいのだ。この根切りが中卒で就職しようとする生徒を指導する時に一番難しいところだと思う。
そこで,道徳の時間だったか,「突然だが今日はこの本を読んでやる」と斉須政雄の章を読んだ。もちろんクラス全員の前で読んだのだが,聴かせたいのはただ一人。そしてその気持ちは通じるもので,いつも授業中はイの一番に眠り始めるその生徒は,あの時だけは背筋を伸ばして最後まで聴いていた。
さて,近年学校で進路学習のために買われるのが残念ながら「13歳のハローワーク*3」だ。

この本のコンセプトも嫌いだが,仕事の紹介もいかにもお安い作り。生きた生の声を丹念に拾い集めてくるというルポライターではないからなぁ。しかも幻冬舎だからさ。もうからない本なんぞ作るわけない。
凄いと思うのは鎌田慧の「日本人の仕事*4」だ。ただし,これもう古すぎる。【女優】でインタビューしてるのが薬師丸ひろ子。【女子プロレス】がライオネス飛鳥長与千種。我々(?)には懐かしいが,平成生まれのチューボー達にはわからないよなぁ。
単行本になってくれることを期待していたのが「月刊高校生」に連載されていたルポ記事。あれは良かったのに。調べてみたらライターは坂本鉄平さん。「自分を生かす仕事選び」という連載でした。

ところでちょっと疑問

立花隆の「青春漂流」では斉須が高校を出てからランボワジを成功させるまでを取り上げている。「調理場という戦場」ではカンカングローニュからコ−ト・ドールまでを語っている。読み比べてみるといくつか気になる点があったのでメモ。

  • 「漂流」ではカンカングローニュで腕が信頼されるようになるまで3年かかったとあるが,「戦場」ではフランスに行って4日目の朝には夜逃げしたソーシエの代わりをまかされたとある。
  • 2店目は「漂流」ではビバロア。ケレさんは紹介状を書いてくれなかったとある。「戦場」では結局ケレさんは紹介状を書いてくれて,2店目はタンプリエ。ヴィヴァロアは3店目だ。
  • 「漂流」ではビバロアは1年でやめ,次のタイユバンも1年でやめたとある。「戦場」ではヴィヴァロアは1年半,タイユバンはワンシーズン働き,辞めようとしてもう少し働いたという記述。
  • 「漂流」ではタイユバンではやめるころにはシェフ・ド・パルイティになったとあるが,「戦場」では辞めると言った時にしてくれそうになったけど,外国人という理由で結局最後までシェフ・ド・パルティにはなれなかったとある。

「漂流」にあるエピソードで「戦場」には全然でてこない話もたくさんあって,正直言って立花の記事の信頼性は高いのかと疑ってしまうことでありました。

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追記(5/15)
日刊イトイ新聞に記事がありました。
http://www.1101.com/cotedor/index.html

*1:実はもう2冊買った。そのうちmixiでレビューしよ。

*2:

青春漂流 (講談社文庫)

青春漂流 (講談社文庫)

*3:13歳のハローワーク

*4:

日本人の仕事

日本人の仕事

鎌田慧が手本としたのが
仕事(ワーキング)!

仕事(ワーキング)!