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尾木直樹(法政大教授:臨床教育学)のコメント

高1女子を殺害した高1男子(16)の事件*1について,新聞記事では「本校では2人の接点はないということだった。どうしてこうしたことになったのか疑問を感じる事件だ。前兆があれば指導もできたが,2人の間にトラブルなどがあったことは把握していない」とある。この事件についての尾木直樹氏のコメントを引用する。

思春期の男子には,女子への思いが一方的にふくらむということはよくある。思いが成就しなかった時,まじめな子どもほど,自分の思いがコントロールできずに,殺さなければいけないというところまで思い詰めてしまう。そうした兆候は事前に必ずあったはず。学校は,表面的な態度だけにとらわれず,生徒の内面まできちんと向き合うことが必要だ。
読売新聞夕刊4版(2005-11-12)

むちゃくちゃだ。
「思いが成就しなかった時,まじめな子どもほど,自分の思いがコントロールできずに,殺さなければいけないというところまで思い詰めてしまう。」……これではまじめな子どもがかわいそう。いったいどういう根拠があってこんな発言ができるのか。まじめなことはカッコ悪いことという文化が真っ当なリーダーの育成を阻害しているが,大学教授もこの文化の育成に貢献しているらしい。
「そうした兆候は事前に必ずあったはず」……こういう言説は反証不能な命題なのでやっかいだ。それを意識して使用する人物は要注意。意識しないで使う人物は頭悪いのでやはり要注意。
「学校は,表面的な態度だけにとらわれず,生徒の内面まできちんと向き合うことが必要だ。」……学校を子どもの収容所にするべきというのだろうか?学校なんぞにいちいち心の内面まで踏み込まれたら迷惑だと思わないのだろうか。このタイプの主張は一見子どものためを装いながら,その実は子どもの人格を本当に大切に思っているのだろうかと疑問に思わざるを得ない。
この尾木直樹という人物,私の記憶が正しければ昔東京の中学校で仕事をしていたはずだ。進路指導で元気の良い仕事をして,その実践をまとめた著書を読んで感心した覚えがある。このコメントを見る限り同一人物とは信じられない。私の勘違いなのだろうか?だいたいいつの間に大学教授になったのだろう。しかも「臨床教育学」とはこれまたアヤシイぞ。
そういえばつい最近,職場の机の上に高校進学問題連絡会*2のパンフレットが置いてあり,1面に糀谷陽子さんの論文が載っていた。この人も私の記憶だと都教組の文教部長だった人で,登場したときその明快な文章を読んで,若くて美人で頭のいい人がいるものだなぁと憧れた。ところが,その論文の見出しが「どの子も希望すれば高校に進学する権利があるのです」……そりゃ権利はあるかもしれないが,勉強するという義務も果たさなくちゃね。この見出しだけで中身読む気なくしてゴミ箱行きになるということがわからないのだろうか?あの美しく賢かった糀谷さんと同一人物なのかと思ったことであった。
もう一人,テレビで見ていてちょっと心配なのが江川紹子さん。サンデーモーニングを見てると,なんだか随分疲れた顔してるし,下向いているし,暗いし,話も変だ。大丈夫かな。ん?子守唄のCDなんて作ってる。心配ないか。