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特別支援教育

なんだかわけがわからないが恐ろしい話だということだけはわかった。
特別支援教育」という概念が作られたということはうっすらと知っていたのだが,どこか別の世界の話だと思っていた。正直言ってまったく興味のない分野の話だ。私には適性が無い。ところが,平成19年度にはわが身にその火の粉が降りかかってくるという。
研修の時間も短かったせいもあって,講師の先生の話はほとんど理解できなかった。心障学級の先生が自分のクラスの生徒は講師の先生に任せて,あちこちの学校をうろうろ巡回するとか,ADHDの子どもが別の学校にふらふら通うとか,私の理解力を超える話の連続でついていけなかった。
強烈に印象に残ったのは,心障学級の先生方が作っている膨大な書類の実態だ。なかでも一人ひとりの子ども達についての詳細な記録と指導計画には目を瞠った。毎時間の,内容によっては個別に作らなくてはいけない教材の作成,一人ひとりに配慮が必要な子ども達との係わり。その上に,あの膨大な書類作りが課せられているのか。
「こういう指導計画を,普通学級の先生方も作らなくてはならなくなるのです」
この一言で眠気が吹っ飛んだ。
なんとかコーディネーターという生贄(?)を一人,選ばなくてはならないそうだ。これはむちゃくちゃ深刻なババ抜きになる。誰がなるんだろう?養護教諭か?しかしちょっと真面目に養護教諭の仕事ぶりを見ている,そして果たしている役割の大きさを理解する校長なら躊躇するだろう。上には逆らえない「主幹さま」か?あぁ,それがいいな。そうしようそうしよう。しかし私の勤務する学校の「主幹さま」は実務的には有能だからいいけれど,話に聞くと学校によっては酷い「主幹さま」もいるらしい。管理職への不満を緩和するバッファとしての役割を期待されているだろう「主幹」なのに,逆に一般教員の不満を燃え上がらせたりしているそうだ。こんな「主幹さま」を教務主任などの役職につけなくてはならない管理職は本当に気の毒だ。……そういう学校はいったい誰がコーディネーターになるのだろう。
もう少しメモしておこう。
この特別支援教育ってのは,どこから来たものなの?解同?それともアメリカのあのじゃかじゃか薬のます流れ?
「予算削減です。心障学級だと子ども一人年間1000万。普通学級なら300万。だからこれをなくしてしまえというのが出発点。結局,心障学級自体は残すという線にはおちついたのですが」
ふーん,普通学級だと年間100万だと思っていたけど,計算する予算の範囲が違うのかな。ともあれ,予算削減がベースにある施策だとすれば,根本的にとんでもない労働強化となることは間違いない。ひいては今までの教育活動の維持が危ぶまれるということになりそうだ。今でさえ,授業以外の時間にやっている仕事は,一番やりたい必修の授業の準備が一番少ないという現状なのに,ますます士気の上がらない仕事が増えるんだなぁ。
※参考リンク⇒小学校長のお仕事:特別支援教育ってどうです(6)