朝日新聞メモ

2005年8月31日の社説。9月2日の社説。9月30日の記事。
朝日はすぐ読めなくしてしまうので,ここにメモしておく。

【社説】2005年08月31日(水曜日)付
虚偽報道 朝日新聞が問われている

 相手に会っていないのに、一問一答の取材メモをでっち上げる。そのメモをもとに記事が出来上がる。報道に携わる者にとって決して許されないことが朝日新聞で起きてしまった。

 新党結成について亀井静香自民党政調会長田中康夫長野県知事が会ったという情報があり、政治部から取材を依頼された長野総局の記者が、田中知事から話を聞いたかのように虚偽のメモをつくり、政治部記者にメールで送った。

 政治部記者は虚偽と分からないまま、メモを引用して記事にしてしまった。

 田中知事、亀井氏に大きな迷惑をかけてしまった。何よりも読者の信頼を裏切る結果になった。悔やんでも悔やみきれない不祥事である。

 長野総局の記者は、田中知事が出席する集会の後で個別に取材しようと出かけたが、集会が終わる前に引き揚げた。

 取材できずに戻ったことを「負い目に思った」という。メモについては「功名心だったかもしれない」と話している。

 虚報という結果が、どれほど深刻な事態をもたらすか。普通なら、だれしも分かることである。

 しかし、この信じられないような出来事は、1人の若い記者に魔がさしたといって済むことではない。記者をそんな心理にさせたものは何だったのか。取材をチェックする仕組みをどうつくるか。問われているのは、そうしたことを含めた朝日新聞の組織や体質だと思う。

 朝日新聞では89年に、写真部員が沖縄・西表島で自ら傷をつけたサンゴを撮影した。写真部員と本社は法律違反の疑いで書類送検され、社長は辞任した。

 このサンゴ事件で朝日新聞は出直しを誓う一方、紙面審議会を設け、紙面や取材の仕方について識者の意見を聞くことにした。読者や取材先の声に広く耳を傾けるため、読者広報室もつくった。

 しかし、5年前には広島支局(現、総局)の記者が中国新聞の記事を盗用するという事件が起きた。当時の大阪本社編集局長は職を解かれた後、全国の地方取材網を回り、現場取材の重視などの再発防止策をまとめた。

 それからいくらもたたないうちに、今回の虚偽取材メモである。

 最近では、取材録音を第三者に渡した不祥事、週刊朝日への武富士からの5千万円の資金提供、NHK幹部らを取材した社内資料の流出問題なども重なった。

 これらの問題は一つひとつ性格も原因も違う。しかし、こうも続いて起こると、何か構造的な問題があるのではないかと感じざるをえない。

 このくらいならという気のゆるみやおごり。社内外での競争がもたらす重圧や焦り。朝日新聞という伝統と看板がかえって組織の病を生んではいないか。

 こうしたことにきちんと目を向けて、病弊を根本から取り除く。日々の取材や紙面づくりで地道に努力する。それしか読者の信頼を取り戻す道はない。

 あらためて、そう誓いたい。

「虚偽のメモ」契機に社内委員会 取材方法など検証し報告
 朝日新聞社は30日、総選挙取材に絡んで虚偽のメモをもとに記事がつくられた問題で、編集局長会議を開き、信頼回復に向けた対応策を検討しました。「信頼される報道のために」委員会を設置し、取材現場の実態や問題点を再点検するとともに、記者教育、取材方法を多角的に見直します。

 朝日新聞社は今回の問題を、読者の信頼を裏切る憂慮すべき事態と受け止め、この日、緊急の編集局長会議を開きました。新しく設けた委員会は、吉田慎一・常務取締役(編集担当)を委員長、東京、大阪、西部、名古屋各本社の編集局長を副委員長とします。

 取材現場の再点検では、虚偽メモ作成がなぜ起きたのか、なぜ防げなかったのかなど今回の報道を検証し、その結果を随時、記事にしていきます。読者のみなさんの意見を聞きながら、記者と読者の対話を目指します。取材現場の実態や問題点も提示して、朝日新聞が信頼を回復する方策を探ります。

 吉田編集担当は同日、全編集局員に「解体的出直しが必要だ。読者に目を向けた自己改革を」などとするアピールを出しました。

 虚偽メモ作成問題で朝日新聞社への意見や苦情は30日午後9時現在、約550件でした。厳しい指摘が多く、「信頼が揺らいだ。いったん記事にしたことでも、継続的にチェックしてほしい」「若い記者の研修をきちんとやって、正確な記事を書くよう指導してほしい」などの意見が寄せられました。

(2005/08/31)

【社説】2005年09月02日(金曜日)付
記者と報道 事実の重みをかみしめて

 朝日新聞社が起こした虚偽報道事件について、本社や総支局、各地の販売所に抗議や苦情が寄せられている。総数は3日間で1千通を超えた。事実を報じるべき新聞社が、架空の取材メモに基づいて誤った記事を載せたのだから、ただただおわびするしかない。

 寄せられているのは、ほとんどが憤りを抑えられないという声だ。「作り話を載せるのは読者に対する詐欺だ」「当分の間は記事を信じないことにする」。批判や指摘の一つひとつに、私たちは身を切られるような痛みを覚える。

 複雑な事件や事柄は、断片的な事実を取材し、積み上げることによって、少しずつ輪郭が見えてくる。政治の内実や企業提携のスクープ、調査報道ともなれば、事実をつかむための壁はいっそう高くなる。

 事情を知っている人々に何度も足を運び、早朝から深夜まで取材をする。そうした取材の中で、今回のように、一つでも架空の情報が混じり、それをチェックできなければ、事実は遠ざかる。

 記者を志望する大学生と話すと、正義感や情熱、旺盛な好奇心に触れることが多い。そうした気持ちが、何年たったとしても記者の原点だと信じたい。

 社会のために役立ちたい。社会の中で自分の能力を生かしたい。そう思うのは、どんな職業でも同じだが、それを実現するのは容易ではない。他社や同僚との競争がある。命じられた仕事をこなせないときの重圧感は並大抵ではない。

 記者なら取材競争に疲れ果て、何もかも投げ出したくなることがある。だれもが一度は、そんな袋小路に迷い込む。

 それでも、気を取り直して取材現場に立ち戻る。自分の仕事にそれなりのやりがいと責任があると思うからだろう。

 記者の仕事は、事実を掘り起こして、社会に伝えることだ。取材するうちに、思いがけない事実が記者の目を開かせ、新たな事実の掘り起こしにつながることもある。それが的確で幅広い情報を読者に届けることになる。

 その出発点である取材がなければ、話にならない。まして想像でデータをつくり上げたのでは読者への背信になる。

 今回の事件は、1人の若い記者に魔がさしたといって済むことではない。私たちは一昨日の社説で、そう書いた。

 朝日新聞社は「信頼される報道のために」委員会を設け、今回の経緯を含めて取材現場の実態や問題点を徹底的に点検することを始めた。

 同時に、記者一人ひとりが事実の持つ重みを自覚して、事実を伝えるという記者の原点に戻らねばならないと思う。

 社説を担当する私たちも、読者の不信を浴びて、いたたまれない思いだ。

 企業や官公庁に不祥事があれば、それを批判してきた。「消費者より会社が大事か」「病弊の根は深い」と問い、「説明責任を果たせ」と迫ってきた。過去の社説の一言一句が、わが身にはね返ってくるのを痛感する。

NHK「番組改変」報道、相応の根拠 本社第三者委
2005年09月30日23時59分

 朝日新聞が今年1月、政治家の発言が圧力になってNHKが番組内容を改変したと報道したことや、その後の対応が妥当だったかどうかについて、朝日新聞社が委嘱した第三者機関「『NHK報道』委員会」(社外識者4人で構成)は審議の結果を「見解」にまとめた。1月の記事については相応の根拠があり、「真実と信じた相当の理由はある」と認めた。ただし、一部については確認取材が不十分だったとする厳しい見解を示した。これを受けて朝日新聞社の秋山耿太郎(こうたろう)社長は30日、記者会見し、「取材の詰めの甘さを深く反省します」などとするコメントを発表した。

 「見解」は一連の報道について、「公共放送と政治という『表現の自由』にかかわる重要な問題に切り込んだ」と評価。7月25日に掲載した「総括報告」も合わせ、「政治家の言動が番組の内容に少なからぬ影響を与えたと判断したことは、読者の理解を得られよう」との考えを示した。

 一方、「見解」は、記事に対し安倍晋三中川昭一の両衆院議員らから事実と違うと指摘された点にも詳しく触れた。

 まず、中川氏が放送前日にNHK幹部と会ったとした点について、松尾武・元NHK放送総局長と中川氏が取材記者に対し「終始、放送前日に面会したとの認識をもって応対していたことがうかがえる」との見方を示し、「記者が『前日に面会』と信じたことには相当の理由がある」と判断した。

 しかし、委員の間では、中川氏らが否定した後は「真実性を裏付ける証拠がなく、客観的な事実は不明となった。それを認めることは、実質的には訂正に近い」との個別意見も示された。

 政治家側からのNHK幹部の「呼び出し」の有無については「真実と信じた相当の理由はあるにせよ、取材が十分であったとは言えない」との見解を示した。とくに「呼び出し」の具体的な経緯について、詳細を確認する取材をしていないとして「詰めに甘さが残る」と指摘した。

 7月の「総括報告」については、内容は評価しつつも、掲載が「初報から6カ月以上も要したことは遅きに失する」と批判した。

 また、1月の記事に関連する社内資料が月刊誌に流出した問題を取り上げ、「人々のマスメディアへの信頼」を裏切ったとして「極めて遺憾な事態」「朝日新聞は重く受け止めるべきである」と厳しく指摘した。

 「見解」は9月26日に秋山社長に手渡され、朝日新聞社はこれにどう対応するかを検討してきた。

◇記事の「詰めの甘さ」反省します 秋山社長がコメント

 今回の「見解」では、一連の報道について「公共放送と政治という『表現の自由』にかかわる重要な問題に切り込んだ。このことはジャーナリズム活動として評価できる」と認めていただきましたが、同時に、1月の最初の記事については、「真実と信じた相当の理由があるにせよ、取材が十分であったとは言えない」と厳しく指摘されました。

 1月12日付の記事は、NHKの元放送総局長と自民党の2人の有力政治家ら関係者の証言に依拠したものでした。しかし、記事掲載の直後に、この3人の方々がいずれも証言の主要部分を否定し、その後の追加取材でも、政治家がNHK幹部を「呼び出し」たのかどうか、放送の「前日に面会」したのかどうか、という点で、当初の報道内容を裏付ける具体的な事実を確認できませんでした。とくに「呼び出し」については委員会から「詰めの甘さ」を指摘されました。記事の中に不確実な情報が含まれてしまったことを深く反省しております。その反省と教訓を今後の報道に生かしていきます。

 NHKの番組改変問題は、まだ、すべてが明らかになったわけではありません。今後も、その取材を続けるとともに、ジャーナリズムの基本である「調査報道」を、より一層、充実させて、読者の皆さまに信頼していただけるよう努力していく決意です。とくに「政治とメディアの関係」については、最も重要な取材テーマとして、専門の取材チームを早急に発足させることにしました。

 今回の報道に関連し、取材目的で作成した資料が、社外の月刊誌に流出するという報道機関としてあってはならない事態を引き起こしました。本日、管理責任を問う処分を行いましたが、改めて関係者と読者の皆様にお詫(わ)びいたします。

◇資料流出問題、編集担当ら更迭 社内に編集改革委員会

 NHKの番組改変問題に関する取材内容を整理した朝日新聞の社内資料が外部に流出し、それを入手したとする記事が「月刊現代」9月号(講談社)に掲載された問題で、本社は30日、厳重に取り扱うべき資料の管理に落ち度があったとして、吉田慎一・編集担当兼東京本社編集局長(常務取締役)を更迭、報酬減額10%3カ月の処分に、横井正彦・東京本社社会部長を更迭、減給処分にした。秋山耿太郎社長は最高責任者として報酬50%を3カ月間自主返上する。これまでの調査では流出の時期やルートの特定には至っていないため、さらに調査を続けて、判明した時点で公表する。

 また、本社は全社的に編集部門の改革に取り組むため、取締役全員で構成する「編集改革委員会」(委員長・内海紀雄専務取締役)を同日付で設けた。東京本社編集局長は2人体制とし、武内健二・次期システムプロジェクト室長と松本正・編集担当付が就いた。松本局長は記者教育と調査報道を担当する。

 さらに、法令順守体制を整備するため、新たに役員にコンプライアンス担当を設け、小林泰宏・常務取締役グループ政策担当が兼務する。

 流出した資料は、NHKの番組改変問題についてのインタビュー内容を整理したものだった。今年1月中旬に社会部が作成した。